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交響詩岩見沢とは?

 岩見沢で歌い継がれている「交響詩岩見沢」。とはいっても、移転してきた人は何のことやら・・・。ということで簡単にご紹介しましょう。

 交響詩岩見沢は、詩人加藤愛夫氏(当時道詩人協会会長)が岩見沢市開基90周年・市制施行30周年を記念して、1973年に作られた詩をもとに、北大交響楽団常任指揮者だった川越守氏(北海道交響楽団音楽監督)が作曲したものです。

 構成は、序章「コタン」、第1章「村の誕生」、第2章「故郷の栄光」、第3章「北国の象徴」。作曲当時、全体の半分しか作曲されませんでした。

第3章「北国の象徴」
 こころに緑の森をえがき 清き湖をたたえ
 明日を考え夢を語ろう
 すべての人が住みよい理想の聖地を築くために
 黎明の光、東の山からのぼり
 わたしたちのまちを照らし
 夕陽は無限にうるわしく
 石狩の大平原をくれないにそめる
 ああ青春のまち
 北国の象徴のまち

 初めて盛大に演奏されたのは翌1974年11月2日、市民会館大ホールで開催された演奏会(交響詩岩見沢披露演奏会実行委員会主催)でのこと。北大交響楽団演奏家50人の演奏に、岩見沢市内の中高生220人を含めた合計300人近くの合唱団が歌いあげました。観客動員は1000人だったといわれています。この日の演奏・合唱は実況録音されました。

 市役所前の鳩が丘記念公園内には、1977年6月25日に詩が碑石「交響詩岩見沢の碑」となって建立されました。現在も市内の行事で歌い継がれています。
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